世界的宇宙企業となったスペースXの軌跡 TEXT BY Kenji Ishihara EDIT BY Shunpei Kudo
世界的宇宙企業となったスペースXの軌跡
イーロン・マスク氏が率いるSpaceX社は、設立から約20年で世界トップクラスの宇宙開発企業となった。驚異的な開発スピードとコストダウンなどの施策は、宇宙開発の分野に新風を巻き込み、数々の功績をもたらしている。今やそのロケット打ち上げ能力は宇宙大国1国に匹敵すると評されるほどだ。そんなSpaceX社の成長の軌跡を振り返りながら、民間企業が辿る宇宙開発の在り方に迫りたい。
TEXT BY Kenji Ishihara EDIT BY Shunpei Kudo
20年で宇宙開発の頂点に
宇宙開発企業SpaceX社(以後SpaceX)は2002年、イーロン・マスク氏により設立された。目的は民間宇宙旅行の実現、航空宇宙産業に革命を起こすこと。火星への進出も視野に入れ、ロケットによる人や物資などの宇宙輸送サービスを行う。自社保有の人工衛星も打ち上げており、3000機以上の衛星群を活用した政府機関へのネットワークサービスのほか、一般向けのインターネットアクセスプロバイダーサービスなども提供している。
2022年、全世界のロケット打ち上げ回数は186回に達した。トップのアメリカは78回、中国が64回と続く。アメリカの打ち上げ回数で大きな比重を占めるのが、SpaceXの61回となる。つまりSpace X1社だけで、既に中国と同等の打ち上げ実績を有しているのだ。
そして2023年現在、SpaceXの総打ち上げ数は260回を数え、設立からわずか20年ほどで世界トップクラスの宇宙開発企業であることを数字上でも証明している。
驚異的な開発スピード
SpaceXの驚異的な成長を支えているのが、ロケット開発の驚異的なスピードだ。創業後わずか6年となる2008年には、同社初のロケットであるファルコン1号の地球周回軌道への投入を実現。その後、2010年に主力ロケット「ファルコン9」の初飛行に成功すると、2012年に宇宙船ドラゴンが宇宙ステーション到着を成功させた。2020年には有人宇宙飛行士の宇宙からの帰還を実現し、翌年には初の民間人乗組員を宇宙へと送り出している。
自社ロケットの初飛行から10年余り、現在は「ファルコン9」「ドラゴン」のほか、大型ロケット「ファルコンヘビー」を擁し、月や火星など長距離への飛行を目指した「スターシップ」の開発にも力を入れているところ。かつてミッション完了まで10年ほどの時間を要した宇宙開発において、史上類のないスピードアップを果たしている。
宇宙輸送のコストダウンを実現
SpaceXが行う宇宙開発のもう一つの特徴が、ロケットの再利用だ。旧来のロケットが打ち上げ後、地球への再突入時に燃え尽きるよう設計されているのに対し、SpaceXのロケットは熱に耐え、予定エリアへと着陸することを可能にしている。機体を再整備し、再飛行することで打ち上げのコストを大幅に軽減できることが利点だ。
そもそも機体の再利用というコンセプトは、かつてのスペースシャトルとも共通することでもある。そのためSpaceXでは高コストとなる耐熱タイルは使用せず、コストダウンを図ってきた。また、新たな大型ロケット開発の際、大推力を持つロケットを開発するのではなく、既存の小型エンジンを流用。その装着数を増やす方法を採用している。これまでの宇宙開発で形作られたものを上手く活用しながら、大幅なコストダウンを実現しているのだ。
その結果、人工衛星などを太陽周回軌道へと投入する「ライドシェアミッション」を低コストで提供することが可能となり、世界中の国や企業がその恩恵を受けている。イーロン・マスク氏は声明で、「将来的には1回当たりの打ち上げコストが従来の100分の1なる」と予想した。
失敗を成功への糧に
順調に見えるSpaceXの宇宙開発だが、その道のりは平坦だったわけではない。2006年から2008年にかけて開発を進めたファルコン1型ロケットでは、3回連続で打ち上げを失敗。2015年にはI S Sへの物資輸送を目指していたファルコン9型ロケットが打ち上げを断念するなど、信頼性が揺らぐ事態にも見舞われている。現在開発が進むスターシップでも、打ち上げロケット回収のための着陸実験で2度打ち上げを失敗した。2023年4月に行われた飛行試験では、打ち上げ後に火災トラブルが発生。安全システムが作動し、本体の爆破を余儀なくされている。
当然ながらSpaceXは、こうした不測の事態における原因を分析し、設計の変更やハードウェアのアップグレードを適宜行ってきた。スターシップ打ち上げの失敗に関しても「発射システムの機能改善のための重要なステップだった」とコメントを残しており、失敗を糧に前へ進むことこそが、宇宙開発の一つの側面でもある。
SpaceXの強みの一つは、実際の飛行で得られた成功と失敗を迅速に取り入れる柔軟な開発体系とも言えるだろう。2020年のドラゴン本格運用初号機に搭乗した宇宙飛行士、野口聡一氏はメディアの取材に対し、SpaceXの宇宙開発は「変革が速いアジャイルな組織」かつ「考え方がフレキシブル」と絶賛している。
宇宙開発は次のフェーズへ
宇宙輸送サービスから自社の人工衛星を活用した高速ネットワークサービスへと事業の幅を拡大してきたSpaceX。顧客は個人から企業、国家までと実に幅広い。SpaceXが取り組む事業は、いずれもマーケットの規模に比例した高コストというジレンマを抱え、成長が伸び悩んできた分野でもある。イーロン・マスク氏が打ち出してきた戦略と挑戦は、見事その壁に風穴を開けた功績と言えるだろう。月面探査、火星への進出など、宇宙開発は次のフェーズへと移っていく過渡期でもある。そんな中、SpaceXは私たちの社会にどのようなイノベーションを起こしてくれるのだろうか。日進月歩の宇宙開発に期待は高まるばかりだ。