駒澤大学硬式野球部 大倉孝一監督
どんな時も前向きに。自分らしく『監督』として生きていく
野球人生の全ては駒澤大学野球部から始まった
ー監督になったきっかけ
監督が変わるタイミングで、師匠と仰いでいる太田監督はじめ、駒澤大学OB執行部の方々が次の監督を選出する時に、私の名前が挙がったようです。何名かの候補者の中から、最終決定の連絡がきたのが今からちょうど8年前です。その当時、韓国の釜山でワールドカップを終えて日本に帰国した翌日のことでした。母校だったこともあるので、これは「やるしかない!」という気持ちになり、契約期間や契約金などの細かい契約の話を度外視して、即決で受けさせていただきました。私の野球の人生の全ては、「駒澤大学野球部」から始まったと思っていたので、喜んで引き受けさせていただこうと思いました。
監督とは求められて成り立つ仕事だと思っています。計画的に進んで監督の道へ進んだわけではなく、とにかく、目の前にあることを一生懸命やってきました。いろんな人の関わりから繋がって、いつの間にか女子野球の監督として世界4連覇を達成していました。そして、今度は母校に帰ってきました。
37歳で退職。専門学校に通いながらの生活。
大学野球をやるなら東京だと思い、岡山から東京へ出てきて、駒澤大学硬式野球部に入部しました。入部後、自分より上手な人が多く、挫折の連続でした。卒業後は、大学野球から社会人野球を32歳まで続けました。現役を引退した後、鉄鋼メーカーの社会人野球のコーチを数年務める中で、いずれはメーカーの業務に就かないとならないと考えていました。しかし、どうせ仕事をするなら、ここまでやってきた野球の経験を活かして、若者の育成に寄与するような仕事をしたいと考えるようになり、37歳の時に退職を決意しました。上手くいかなかった場合は、家族を守るために、農作業でも、コンビニでの仕事でも何でもやろうと思って覚悟して退職をしました。
ただ、すぐに野球で食っていけるほど甘くはないと思っていたので、専門学校に通ってスポーツトレーナーの勉強を始めました。解剖学、生理学、運動学、メンタルトレーニングを勉強すれば、今まで自分のやってきたことが正しかったのかどうかを、科学的に裏付けることができると思いました。実績や経験だけで野球を教えるのではなく、科学的根拠のある情報も織り交ぜながら教えることで、説得力のある指導者になりたかったのです。2年間専門学校へ通い、昼間は母校で臨時コーチをしながら必死に勉強しました。
野球に対する考え方が180度変わった
ー衝撃と学びの連続
初めて見た女子野球選手に衝撃を受けました。彼女たちの顔は、私が小学生の頃にボールを追いかけていた顔をしていたんです。彼女たちが純粋に野球大好きで、活き活きとしている姿を見た時に、いつしか、勝ち負けに過度にこだわり、グラウンドでは笑ってはいけないとまで考えていて、「野球を楽しむ心」を忘れていたことに気づかされました。
それから、とあるキャッチャーの選手が、自分でキャッチャーの防具一式を買って使っていることを知りました。私も同じキャッチャーでしたが、中学から社会人まで一度も買ったことがなかったんです。自分がこれまで、いかに恵まれた環境で野球ができていたか気付かされました。「この子たちは、環境がないところで、自分のやりたい野球ができる環境を作り出しているのか」と、そんな姿に衝撃を受けました。
ー挫折したこと
侍JAPAN女子野球の日本代表の監督になってからは、これまでの自分が指導してきた経験が全く通用しませんでした。これまで経験してきた野球は、監督からのトップダウン方式でした。監督からダメ出しをされたら、選手は修正するというのが基本的な監督と選手の関係でした。「世界で勝つためにこういう試合で勝てると思うか?」と厳しく伝えても、彼女たちからすると「もっと楽しくやりたい」となってしまうんです。
チームでいくつかの派閥争いが起きてしまったり、「監督はどうせあの子とあの子しか見てない」と嫉妬心があったり、最初は本当に大変で、自分の指導力の低さを痛感しました。
ー”聞く”こと
まず始めたのは「聞くこと」でした。
「何が嫌なの?」「どうしてほしいの?」と、長い野球人生の中で、初めて聞くというスキルを覚えました。聞いた後、その答えに対して真摯に向き合って応えるということを繰り返していきました。そうすることで次第に、初めて選手から相談してくるようになり、ようやく、私の指導を受け入れてくれるようになりました。その結果、世界4連覇という結果を残すことができました。スポーツの在り方というのを選手からたくさん教わり、今は男女関係なく一人の人間として選手と向き合うことができています。
若者へメッセージ
これから、彼ら(駒澤大学硬式野球部員)は、仕事をして、恋愛をして、家庭を作る。そういった、いろんな立場を経験していくと思います。彼らには、どんな時でも、前向きな人間になってほしい。前向きということは明るくいること、人との調和がとれること、人の気持ちが分かること、人に優しくなれること、自分が勉強していく姿勢でいること・・・など、「前向き」という言葉の中には、意味の枝葉がいっぱいあると思っています。自分だけがレギュラーになればいいという姿勢ではダメです。バッティングピッチャーや、その他の裏方の人、いろいろな人のお陰で自分があるということに気付ける人になって欲しい。
それから、「どうせこの会社は分かってくれない」といった、愚痴っぽい大人になってほしくないです。大儲けしなくてもいいんです。町内の祭りを盛り上げることでもいいんです。何か、やりがいをもって生きていって欲しい。その全ての根っこにあるのが「前向き」だと思っています。
そういった「前向き」でいることを、多くの仲間と野球を通じて身に着けていってほしいですね。今後、社会に出た時に楽しく幸せに生きていくために、前向きである大人になってほしいと常に願いながら指導しています。
ー今後の目標
授業に出る、勉強することが当たり前なんだと、学生は学生としての自覚をしっかり持ってほしい。その中で、自ら選んだスポーツを、情熱を燃やして取り組んで、価値ある時間を過ごしてほしいですね。勝ち続けるところに目標設定をしないと、情熱は燃えないと思っています。自分の意志でやっていることを高められるように私たちが手助けして、日本国内で勝ち続けるチームにしていきたいです。
駒澤大学 硬式野球部
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