インテル株式会社 代表取締役社長 鈴木 国正

50%の経験を捨て、切り拓く可能性。

TEXT BY Noriko Ando INTERVIEW BY Yuko Arakawa
PHOTOGRAPHS BY Shuji Yamaguchi DIRECTION BY Shiho Sakakura

インテルの役割とは?

 2023年初春、インテルの今年のテーマを表わす漢字が、書道家の涼風花氏によって力強く描かれた。「肇(はじめ)」──。切り拓く、という意味を持つこの漢字は、マイクロプロセッサーと呼ばれる半導体のトップシェアメーカーであるインテルが今の世界情勢で担おうとする役割を体現している。
 「今や半導体が各国で戦略物資に位置付けられている状況です。地政学的リスクが世界中で顕在化し、環境問題も世界の共通課題となってきました。半導体がないと何も作れない、新しいものも生み出せないということが皆さんに再認識されている中で、インテルという会社がどういう戦略を取るべきなのか、その方向性が明確化されてきたと感じます」と、同社の代表取締役社長を務める鈴木国正氏は語る。
 「一般的には、社会課題の解決と、利益を上げてバランスシートを良くするビジネスを完全に両立させていくことは難しいといえます。しかし我々は産業の核の部分で半導体を扱っているので、今問題となっている半導体のサプライチェーンのレジリエンスを解決することが、自然とインテルの戦略となるのです」。半導体メーカーを牽引してきたインテルだからこそ、社会課題を解決する推進力にならなければならないと強く認識している。

担うべき役割を遂行する

 2021年にインテルのC E Oに就任したパット·ゲルシンガー氏によって主導されている新戦略「IDM 2.0」。これにより自社で一貫して半導体の設計から生産、流通を行ってきた従来の方針から、他社からの半導体のデザインや製造も受注するファウンドリーサービスを開始する方向に舵を切った。半導体の供給を増強し、増え続ける需要に対応していく狙いがある。
 「今の世界情勢を見て、我々がその役を担わないと、世界が滅びてしまうのではないかというくらういの危機感を持っています。インテルにしかできない、インテルらしい社会課題の解決方法があると確信しています。アメリカ、欧州といったいわゆる安全保障が及ぶ地域に今後、最大で1100億ドル(※注 約15兆円)の投資を実施しアメリカ政府や欧州の多くの政府との協議を進めているところです」。
 半導体製造のハブ拠点としての役割を今後強化していくインテル。同時に展開していくのは、データを中心に据えたデジタル変革DcX(データ・セントリック・トランスフォーメーション)だ。「データを中心にしてさまざまな物事がこれから変化していくでしょう。もっとデータを重視し、活用できる世の中を作るために、インテルの持つデータのサプライチェーン技術をあらゆる機会において提供していきたいと考えています」。

好奇心の萌芽を育む支援活動

 D c Xを推進できるデジタル人材を創出するために、継続的な支援活動を展開している。例えば、埼玉県戸田市立戸田東小学校·中学校で展開された「STEAM Lab構築支援プログラム」を主導。好奇心を育ててさまざまなクリエイティブな活動ができるよう、子供を取り巻くI T環境を充実させた。この成功を皮切りに、支援を希望する学校から新たに18校を選び、支援を拡大している。
 「好奇心でいっぱいの年代に、デジタル環境を与えたらあっというまに覚えて使いこなせるようになります。彼らが目を輝かせて創造力を発揮していく姿を見るのは、本当に楽しいですね」と手応えを実感する。
 この「STEAM Lab」を始め、「Media Lab」、「DX/DcX Lab」、「AI Lab」という、4つの教育プログラムで構成された包括的な活動「インテル·デジタルラボ」により、教育現場や企業、自治体などさまざまなコミュニティを対象に必要となる機材やカリキュラムを提供中だ。鈴木氏は「好奇心は、長い歴史の転換期においていつも大切なキーワードになってきたのではないでしょうか。ことにデジタル化が進むこの時代も同様です。インテルが蓄積してきたもので年代や場所を問わずに多くの方の好奇心を高めていきたいと思っています」。

捨てて始まる新たな可能性

鈴木自身がこの時代に必要だと考える、次なる一手とは何だろうか。「自分の過去の経験の50%は一度捨ててみようと考えています」。
 その意図するところとは何だろうか。
 「これも好奇心を育むためのマインドセットの話です。これまで自分になくてはならないもので、全部捨てられないと思っていた過去の経験を見直し、その50%は捨ててみようと考えています。空いたところに新しい経験を入れて、自分の糧としたいのです」。
 鈴木氏自身、捨てるのは非常に難しい行為であると率直に吐露する。「正直捨てられるか全然自信はないのですが、何とか捨てる挑戦を始めたいと思っています。特に今I T環境の中にいると、限りなく面白いものがどんどん出てきます。そのため、今捨てると捨てた分だけ自分の中に入ってくるのです。スペースを開けておいて、新しく面白いものが入りやすくなる準備をしたら、時代の変革にも好奇心を持って向き合えますし、これからの人生も、もっと楽しくなると信じています」。

1960年生まれ。神奈川県横浜市出身。横浜国立大学卒業後、1984年ソニー入社。ソニーアルゼンチン社長など豊富な海外での業務経験を持つ。VAIO事業本部長、ソニー・コンピュータエンタテインメント副社長、ソニーモバイルコミュニケーションズ社長 兼 CEOなどを歴任し、デジタル分野の第一線で活躍。2018 年、インテル株式会社代表取締役社長に就任。