プロサーファー 須田喬士郎

全ては自分次第。種子島から世界に。

ーー鹿児島市から高速船で1時間35分。太平洋に浮かぶ種子島から、サーフィンで世界を目指す青年がいる。須田喬士郎(すだきょうしろう)二十歳。日本屈指のサーフアイランドとして知られるこの島で、若き才能を開花させた彼の背中には、周囲からの大きな期待が注がれている。まるで海鳥のように自由に波の上を滑る彼は、何を思いこの場所で夢を追い続けているのか。

「波と共に育った少年」

ー一僕は初めてサーフィンをした記憶がありません。物心ついた時には、すでにサーフィンをしていました。周囲から「3歳くらいの時には、もう波に乗っていたよ」と聞かされています。父が中種子高校(現種子島中央高校)のサーフィン部に所属し、町のスポーツクラブのサーフィンコーチをしていたこともあり、僕もその練習に着いて行っていたそうです。

 小さな頃はサーフィン以外でも色々習い事をさせてもらっていて、小学生の頃にはサッカーと野球をそれぞれ2年ほど。サーフィンは個人種目ですし、同年代でサーフィンをしている人がいないのもあり、チームで競技することに憧れがあったのだと思います。

 中学に進学してからは、部活に入るほどの時間の余裕がなかったのでサーフィンだけになっていましたが、この頃はサーフィンが人生の軸になるとはまだ思っていませんでした。もちろん真剣に取り組んではいましたが、「プロになる」という考えには至っていなかったと記憶しています。

 実際にプロになることを決めたのは高校に進学した後です。選手として注目してもらうには、プロライセンスがあった方が有利だと思い、プロになるため、プロテストを受け始めました。しかし、自分が思っていたよりプロへの壁は高く、プロテストに落ちた時は強い挫折感を味わいました。当時、高校生のバイト代だけでは活動費を調達できませんでしたから、この頃の活動費はほとんど親からの援助でした。

 ”周りに負担をかけてまで、これ以上続ける必要があるのか?”と自問自答し、思うように結果を出せない状況で、罪悪感にも似た気持ちを抱いていました。そんな迷いを抱いている中、前に進む闘争心を燃やしてくれたのは、当時すでにプロ選手として成績を残していた姉、那月(なつき)の存在でした。

僕がプロテストを受けている一方で、すでに姉はプロであり、世界大会を目指していました。姉への羨ましさやライバル意識が僕を奮い立たせてくれたのでしょう。一番近くに姉というライバルがいることも含めて、サーフィンをするにあたっては恵まれた環境に身を置けていると感じています。

また、環境という意味では種子島を拠点にしている事も、プラスであることの一つです。

よく「プロになったのになぜ種子島にいるのか」と聞かれるのですが、僕は反対に種子島を出る理由が分かりません。種子島は四方を海に囲まれている地形ですから、東海岸から西海岸までの移動も簡単ですし、サーフィンをする上でどこよりも適している場所だと思います。確かに大会の出場にかかる遠征費を考えたら、種子島ではない場所に拠点を置く方が便利なのかもしれませんが、どれだけ恵まれた環境にいたとしても、結局は自分の意思やサーフィンとの向き合い方一つだと思っています。

拠点がどこであっても活動のゴールを決めるのは僕自身ですし、どこにいてもやることは同じですから、置かれている状況に大きく左右されることはありません。海があって、サーフボードがあって、活動に理解を示してくれる人たちがいるだけで、恵まれている環境だと思っています。

これまで、サーフィン中心の人生を送ってきました。遠征費などの活動費を調達するためにしていたバイト先にも、サーフィンのトレーニングや大会日程を優先させてもらっていましたし、日々のスケジュールも、まずは波の高さや天候を見てから決めるので、生活の主軸はサーフィンです。また、実家の民宿のプランの一つとして行っているサーフガイドは、私生活や資金調達の場面でもなるべくサーフィンから離れない方がいいとアドバイス頂いたことがきっかけです。

シンプルに「サーフィンが大好き」

サーフィンが好きかと聞かれた時、小学生の時は分かりませんでした。けれど今は迷わず”サーフィンが好きだ”と言えます。サーフィンは自分の人生の中に最初から”ある”もの、という感覚です。僕にとってサーフィンは、自分の人生から決して切り離せない部分です。

 もっと多く世界大会へ出場して、もっと大きな舞台で活躍できたら、生活にも余裕が出来ると思います。その時には、友人たちと旅行へ行ったり、海外へいって競技ではなく趣味として、点数などを気にせず、思い切りサーフィンを楽しみたいです。それが最近新しくできた目標ですね。

ーまだ少年のあどけなさが残る表情の中に秘められているのは、決して揺らぐことのない強い志。自分が置かれている状況も一つの武器だと言わんばかりの意思の強さには、紛れもないプロの威厳が宿っていた。不思議とそんな確信を抱かせるのも、彼の魅力の一つなのかもしれない。種子島では誰もまだ成し遂げたことのない夢が、今静かに花開こうとしている。

ーー文・小田京(株式会社VillageAI)

プロフィル

須田喬士郎。2001年10月18日生まれ、種子島出身のプロサーファー。2018年、JPSAプロ資格取得2019年、WSL Men‘s Junior 「WJC Asia Championship」 9位タイ ※本試合で大会最高ポイントを出し、ベストライディング賞受賞。

https://www.instagram.com/kyoshiro_suda/